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Mukha

フォト

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2007年3月31日 (土)

3月の安心安全メール

Photo_777  3月の学校情報は2件だった。警察からの金属と自転車泥棒報告と、関係者への警告が目立った。学校情報が少ないのは、小中学校が春休みに入ったためであろう。最近は、警察のパトロールをしばしば見かけるようになった。結構なことである。また、自治会の防犯パトロールも定期的に実施されており、それも、犯罪抑止力になって いると思う。4月の始業式からのことは、予測がつかないが、警察、自治会とも今の体制を維持してもらいたい。

◆小田原市暮らし安全課です。(小田原警察署からの情報)36日から313日までの間、小田原市中里、前川、堀之内、扇町及び南鴨宮などで、21台の自転車が盗まれています。そのうち18台が無施錠でした。自転車は決められた場所に置き、少しの間でも必ず鍵をかけるよう、子供さんにご指導をお願いいたします。(入電=3141515

◆3月6日、1730頃、小田原テニスガーデン近くのふれあい農園付Photo_778近で、下校途中の中学生女子が、後ろから来た不審な男にスカートをめくられるという事件が発生しました。  生徒は大声を出して逃げ、犯人も逃走しました。男は30歳くらい。(入電=371225

◆3月5日、1630頃、久野の中宿バス停付近で、下校途中の中学生女子が、後ろから来た不審な男に体を触られるという事件が発生しました。男は3545歳くらい、背は高め、ベージュ色のトレンチコート、ベージュ色の野球帽。(入電=361345

◆小田原市暮らし安全課です。(小田原警察署からの情報)小田原市内で公園や工事現場から銅板などが盗まれる事件が発生しております。ご注意をしていただくとともに、不信な点がございましたら警察にご連絡ください。(入電=311201

2007年3月30日 (金)

全校に新聞無料配布 小田原

 小田原市教育委員会は28日、小田原新聞販売組合(米山滋組合長)との間で、一般日刊新聞を無料で市内の小中学校に無料配達する「『すべての学校に新聞を』運動に関する覚書」に締結した。市教委のプレスリリースによる。子供たちに身近に新聞に親しんでもらうのがねらいで、合わせて読解力とNIE(教育に新聞を)の推進に役立てられることを期待している。これにより、5月8日から全37校に読売、朝日、毎日、日経、神奈川、東京、産経新聞の7紙が各一部ずつ届けられる。

  覚書は、「子どもの読書活動の推進に関する法律」の基本理念(第2条)にのっとり締結された。基本理念は条文のまま記すと、次のように謳(うた)われている。---「子ども(おおむね18歳以下)の読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものであることにかんがみ、すべての子どもがあらゆる機会にあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことができるよう、積極的にそのための環境の整備が推進されなければならない」。そして、「地方公共団体は読書活動推進の施策および実施の責務を負い」(第4条)、「事業者は、子どもの健やかな成長に資する書籍等の提供に努める」(第5条)と規定されている。平成13年12月12日付けの施行である。

  新聞と学校については「NIE」(エヌ・アイ・イー)活動がある。「Newspaper in Education」の略称で、新聞を教材にして勉強する学習運動のことである。(社)日本新聞協会が1989年(平成元年)から取り組み、1998年に(財)日本新聞教育文化財団に移管、2000年10月に横浜にNIE全国センターを開設して現在に至っている。実践校は全国で490校(2006年度)にのぼっている。NIEの勉強は小学一年生から可能で、例えば、「この新聞のどこに自分の名前と同じ漢字やひらがなが出ていますか?」といった<文字探し>から進められる。

  今後の課題は、小田原新聞販売組合から提供される新聞各紙を、学校側がどのように利用、活用していくかである。NIE実践校は小田原市内にまだない。毎日、当番を決めて新聞を廊下等に張り出し、数日経ったら図書館等に整理保存するのも一考である。ただ、図書館や資料室に置いておくだけのことは避けたいものだ。4月23日は「子ども読書の日」(第10条)である。

2007年3月29日 (木)

身近なお花見・花祭り

 わが家から最も近い花便りは、歩いて3分足らずの小田原市立国Photo_776府津小学校正門脇校庭Photo_775の桜からである。数えて11本。ほんの一部が春を確かめる先達のようにちらほら開花しているが、大半はまだまだつぼみ。ピカピカの一年生を迎える時に満開と、今は控えめにしているのだろうか。見頃までにはもう少し時間がかかりそうだ。

  小田原市田島では早々と3月24日から「第6回桜まつり」をスタートさせている。田島地区活性化推進協議会(野地孝雄会長)・田島桜の里運営委員会(三浦誠会長=24Photo_774会員)の主催。剣沢(つるぎさわ)川沿い700mに樹Photo_771齢40年のソメイヨシノとオカメザクラ、コヒガンなどざっと450本。早咲きのオカメザクラは満開の木も見られるが、国府津小学校のサクラと同じく、開花までもう少しの辛抱だ。それでも、下剣沢橋脇には本部テントが設営され、地元の新鮮な野菜や果物などが販売され、祭り気分を盛り上げている。開催期間は4月8日までだが、前日7日は津島神社の祭礼で、祭礼当日と8日は模擬店を並べ、「田島ばやし」を披露することにしている。剣沢川のサクラ並木は昨年5月に「小田原ふるさとの原風景百選」に選ばれており、土日には例年にない人出が予想されている。問合せは三浦会長(電話0465-42-0320)へ。

 遠目にわが家から見える海向山・光明寺(三浦紘善住職)のサクラは三分咲きだ。「第11回花祭り・お花見の会」は4月1日午後1時30分から行われる。「花祭り」はお釈迦様に甘茶をかけるとともに、花一輪を献花する。恒例のPhoto_769法話は、時宗・宗学林Photo_770学頭の長島尚 道師の「花に問え」。この後、「お花見の会」に移り、マリンバと民族楽器・ディジュリドウが演奏される。境内では甘茶、甘酒、おでん、とん汁などの無料サービスとともの、ヨーヨー釣りやビンゴゲームの「子供コーナー」と5軒の店が並ぶ。お店では、イランのシシカ バブ、和菓子、おにぎり、焼き鳥、国府津山の橙でつくったマーマレード、途上国自立支援の手作り小物、ミニバラの鉢植えなどが全て500円以下で 販売される。この催しは地元にすっかりとけこみ、今や国府津の春の風物詩になっている。

  田島の「桜まつり」期間中と、光明寺の「花祭りとお花見の会」は、ぜひ晴れてほしい---。

2007年3月28日 (水)

78.7MHz 「FMおだわら」

Photo_764  「ラジオネーム、mukha(ムカ)です。牧(まき)さん さっそくモーニングガーデンを聞いています。土筆(つくし)のことですが、こんど<近所のおじさん>に、混ぜご飯の作り方を教えてもらって、賞味して下さい。きっと、おいしくいただけますよ。----ところでラジオを聞きながら、所用で、小田原市役所に電話しました。今日は市議会最終日で、この時間は、議会の真っ最中なのですね。議員さんの中には、今期限りで引退なさる方が何人かおられます。「FMおだわら」はスタートですが、引退される議員さんは、感慨ひとしおでしょう。私の知人の議員も引退します。牧さんが放送している、同じ庁舎、建物の中にいる議員さんに、一言、「お疲れさま」と声をかけてやって下さい---.。そして、牧さんは、ステップ・バイ・ステップで、着実に番組を進めて行って下さい。いつか、おじゃまさせて頂きます---」。牧さんとは、牧いずみさんのこと。「FMおだわら」の朝番組を担当するパーソナリティーである。27日に私が彼女へ送った激励メールで、メールはこの日の番組の最後に紹介された。

 「FMおだわら」は25日に開局した。小田原市荻窪の小田原市庁舎1階を所在地とする「FM小田原株式会社」(鈴木守社長、電話0465-35-5150)が運営するコミュニティ放送Photo_765。2005年(平成17年)12月27日に発足した「緊急災害時における情報発信研究会」がルーツ。昨年2月13日に「緊急災害時に有効な情報伝達手段となるコミュニティ放送局の設置促進を求める」陳情書・要望書が小田原市等に提出される過程を経て、10月30日に会社が設立された。「FMおだわら」は、災害時には<緊急災害放送>に切り替わる局で、スタジオも小田原市庁舎の1階にある。資本金1500万円、コールサインは「JOZZ3BM-FM」、周波数は「78.7MHz」。主な出資者は、小田原箱根商工会議所、小田原市、小田原瓦斯(株)、(株)ハシモト、(株)小田原百貨店、かながわ西湘農業協同組合、さがみ信用金庫、(株)横浜銀行、スルガ銀行(株)、(社)小田原青年会議所、小田原市漁業協Photo_766同組合ほかである。

 25日は、「FMおだわら開局記念特番」を午前11時から午後8時まで放送し、午後5時からダイナシティ・キャニオンステージで、開局イベントとしてトーク&ライブを行った。番組は、3月中は「開局ウィーク」の特別編成で、4月から新たに編成される。放送は24時間「ノンストップ」。現在は午前8時~11時までの「MORNING GARDEN」(モーニング・ガーデン、牧いずみ担当)から、午後6時~8時までの「ODAWARA Sunset Time」(小田原サンセット・タイム、伊東瑞穂とトニー・ゆ~すけ担当)までの4番組を5人のパーソナリティが受け持ち、午後8時~翌日午前8時までは音楽が流れる。

 牧さんとは26日夜、国府津にあるカフェ・バー「a・m・p」(アンプ)で偶然出会った。彼女は元「小田原ケーブルテレビ」のパーソナリティで、私は以前から顔見知りだったPhoto_767。そこで、彼女が「FMおだわら」に<転職>したことを聞かされ、その日が彼女の初日だった。「a・m・p」には時々DJ集団のメンバーが顔を見せている。彼女はそこで聞いた「土筆」の話を27日放送の冒頭に紹介していた。「近所のおじさん」とは、国府津商工振興会長の奥津弘高氏のこと。彼は徳川慶喜公の国府津滞在日記を調べて、公が好んだ「土筆御膳」を再現している。「モーニング・ガーデン」は現在3時間の生放送だが、4月からは一時間早く午前7時~11時までの4時間に広がるという。牧さんは番組Photo_768の中で何回も「メール情報を寄せてほしい」と呼びかけていた。スタートしたばかりだからやむを得ない。牧さんには「小田原ケーブルテレビ」時代に国府津のイベントをよく取材してもらった。「FMおだわら」は地元の放送局。スーパー特売日、イベント、ピンポイント天気予報、交通情報等---私達の身近な生活情報を届け、また求められている。牧さんをはじめ「FMおだわら」のパーソナリティにメールをどんどん送ってやろうではないか。

3月いっぱいの宛先は---start@fm-odawara.com---。牧さん(右上)以外の写真は、他の番組の放送風景および「FMおだわら」のスタッフ(「FMおだわら」のホームページから)。

2007年3月27日 (火)

自転車泥棒 小田原

 最近Photo_763、小田原市内で自転車泥棒が多発している。 3月中旬Photo_760の一週間に21台が盗まれたという。小田原市の「安心・安全メール」が「小田原警察署からの情報」を流して注意を呼びかけている。「3月6日から3月13日までの間、小田原市中里、前川、堀之内、扇町及び南鴨宮などで、21台の自転車が盗まれています。そのうち18台が 無施錠でした。自転車は決めPhoto_758 られた場所に置き、少しの間でも必ず鍵をかけるよう、子供さんにご指導をお願いいたします」。メールは以上である。

  盗まれた自転車の具体的形状等は不明だが、あちらこちらに放置されているのとは違って、多分、それなりのものであろう。ここに掲載している写真は全てJR国府津駅前の駐輪場のものである。注意書きもそこPhoto_761かしこに掲示してある。また、放置自転車が一ブロックにまとめられている。こんなにも---と驚くほどの台数だ。時々、まとめて入札にかけられ、リサイクル車として再登場するとのことである。

 小田原市Photo_762内の自転車盗難数は、年間ざっと700台(警察には未確認)ともいわれる。他所に比べて多いのか少ないのか分からない。「たかが自転車」と言う人もいる もしれないが、メールの中に子供への注意があった。被害者が子供の場合は、ショックが大きい。わが家の自転車は無施錠である。大きなことは言えないが、改めて、自転車泥棒への注意を呼びかけるしだいである。

2007年3月26日 (月)

ネパール人 宮原巍氏

    宮原巍(たかし)氏がネパールの制憲選挙に出馬する。3月25日付けの朝日新聞朝刊が報じていた。現職は「トランス・ヒマラヤン・ツアー社」(カトマPhoto_756ンズ)と「ヒマラヤ観光開発株式会社」(東京)の社長。多分、世界一の高地のホテル・「ホテル・エベレスト・ビュー」を建設した。1934年(昭和9年)生まれ、長野県出身。日本大学理工学部を卒業後、理研ビニール工業、千代田化工建設を経て、1966年~68年にネパール政府通産省中小企業局に勤務。この間、南極地域観測隊、ヒマラヤ登山隊、グリーンランド遠征隊に参加している。還暦を迎えた1994年10月にエベレストに挑戦、880Photo_7510mのサウスピークまで登ったところで悪天候のために下山した。ネパー ルに帰化した日本人である。「ヒマラヤの灯」「還暦のエベレスト」の著書がある。

ネパール帰化の日本人 国政に挑戦

在住30年以上 国籍取得し新党結成

[ニューデリー=小倉哲夫]ネパールで6月に予定されている制憲議会選挙に、長野Photo_754県出身でネパールの国籍を取得した宮原巍(たかし)さん(73)が新党「ネパール国家開発党」を結成して立候補することを決めた。30年以上ネパールでホテルを経営してきた経験から、観光振興などを軸にした経済施策を訴えていくという。

 日大山岳部出身の宮原さんは62年、ヒマラヤ登山で初めてネパールを訪れた。自然に魅せられ、72年にエベレストの登山コースにある標高約3880メートルにホテル「エベレスト・ビュー」をオープン。「世界最高峰のホテル」と話題になった。

 長く住み続けるうち、権力闘争に明け暮れ、腐敗した政治への不満が募ったという。自ら国政に参加することを考え始め、05年6月に国籍を取得。400以上の議席を小選挙区と比例区で選ぶ制憲議会選挙に、比例区から出る予定だ。

 観光開発策のほか、鉄道網の整備、自然保護区の設定、初等教育の浸透などをうたったマニフェストもまとめ、冊子1万部を用意した。ネパールでは、政党がマニフェストを出す例はほとんどないという。Photo_755

 記事の発信がインドのニューデリーになっているが、ネパールの取材は、インドに常駐している特派員の担当である。2年前の2005年(平成17年)12月3日、東京・新宿で宮原氏の講演を聞いた。演題は「ネパールに暮らした40年」。日本ネパール国交樹立50周年記念事業の関係者懇親会の席だった。非能率なネパールの役人世界、インフラの遅れ、<内戦>問題。記事にある通り、一言でいえば手厳しいネパール批判の連続である。ネパール関係する者は大概感じていることである。しかし、宮原氏の話に嫌味はなかった。ネパールの問題を我が事として心配する、<ネパール人>宮原氏でなければ語れない批判だからなのであPhoto_753る。

 懇親会で私は「ヒマラヤの灯」を購入して宮原氏のサインをもらった。「ホテル・エベレスト・ビュー」建設までの記録である。いくらヒマラヤが好きとはいえ、伊達や酔狂でできる仕事ではない。宮原氏の話を聞きながら、彼の底知れぬパワーとネパールへかける人一倍の情熱を感じた。氏にとって、6月の制憲選挙はまたとないチャンスかもしれない。

2007年3月25日 (日)

いきいき富水いどばたフェスタ

Photo_741 小田急線「富水駅」(小田原市堀ノ内)前広場で今、80mの井戸2本を掘削中で、4月に井戸と遊べる親水公園がオープンする。これを記念して一足先に富水商栄会(関田純示会長 会員30余)が3月24日、駅前駐車場を使い「富水駅『池』復活~いきいき富水いどばたフェスタ~」を開いた。富水は名前の通り、酒匂川の水を使った用水路や湧清水の水Photo_742が富んでいる地で、一時はホタルが乱舞していた。親水公園はホタルを呼び 戻すねらいもある。商栄会は昨年8月から街路灯に、季節のPhoto_746花を盛ったハンギングバスケット(花カゴ)を飾って商店街に潤いを与えている。フェスタでは4張のテントのもとでプラモデルや婦人部の手作りオデン、焼き蕎麦Photo_743 などの販売とともに、花カゴに隠れた文字集めのクイズラリーがあり、子供達も共に楽しんでいた。

  小田原市は周辺地域の活性化を図るため、二年ほど前から鉄道に沿った3か所を拠点に地域振興のPhoto_745活動を進めている。3か所は東海道線の「国府津」、御殿場線の「下曽我」、それに小田急線の「富水」。国Photo_744府津は<別荘文化、みかん山と相模湾>、下曽我は<梅の花と曽我十郎五郎兄弟>、富水は<井戸と「ほたるの里」>をそれぞれテーマに商工振興会等が中心 になって企画を練っている。国府津は「みかんの花と香りを楽しむハイキング」を既に3回、下曽我は「五郎十郎市」を2回開催し、今後はこれらの取り組みをどのようPhoto_747に発展、深めて行くかの段階に入っている。

  富水商栄会のイベントを前に小田原市は、「富水商栄会」と「栢山商工振興会」連名の「栢山・富水ぶらりおでかけマップ」と「久野荻窪連合商店会」と「扇町 商工振興会」連名の「久野・荻窪・扇町ぶらりおPhoto_749 でかけマップ」を作成した。いずれも小田急線沿いの地域で、マップは表裏に印刷されている。23日に出来上がったばかりで、会場を訪れたお客にさっそく配布されていた。富水商栄会の「いどばた」絡みのイベ ントは初Photo_748めてだが、「ほたる」をイメージしたお菓子の試作品が提供され、好評を博していた。また、4月に完成する駅前広場の池の愛称募集をこの日から始めた。「花が咲きホタルのすめて井戸もある。この水辺の愛称を募集します。夢があって、覚えやすい名前を考えて下さい」---。富水商栄会の呼びかけである。問い合わせは、関田純示氏=0465-36-3721、岡部洋氏=0465-36-3274へ。井戸の掘削が完成した後のイベント開催が待たれる。 

2007年3月24日 (土)

調査捕鯨船団が帰国

  「第20次南極海鯨類捕獲調査船団」(西脇茂利調査団長、乗組員計 259人)Photo_740 の調査母船「日新丸」(小川知之船長、乗組員149人)が3月23日午後3時過ぎに東京港大井水産埠頭に帰港した。昨年11月15日に下関港を出港してから120日余、反捕鯨団体による危険極まりない妨害行為に遭い、その後の火災事故と、<傷だらけ>の帰国である。水産庁が23日に発表したプレスリリースによると、調査は3月いっぱい行い、4月に帰港Photo_733の予定が約一か月はやまったが、クロミンククジラの分布調査等はほぼ計画通りの成果をあげているという。私は「日新 丸」を久しぶりに出迎えたいと思ったが、埠頭への出入りは禁止され、今回は入港式も取りやめになった。入港後、「日新丸」は捜査当局の調査が実施される。また、大井水産埠頭は国際条約(SOLAS条約)に基づき関係者以外の立ち入りが禁止されている国際埠頭施設の制限区域に指定されている。マスコミも取材ができないため、水産庁は27日に調査団長、船長、水産庁漁業指導監督官が記者会見することにしている。

 「日新丸」は南氷洋での操業後、鹿児島港に帰港して、荷揚げと共に母船、キャッチャーボートの一般公開を予定していた。火災のために帰港先が変わるとともに、亡くなった乗組員が鹿児島県出身の方とあって、母船公開をの葬儀は関係者が参列してしめやかに行われたという。今回の一連の妨害活動、火災事故については、水産庁および(財)日本鯨類研究所(略称=鯨研)がプレスリリースで述べられているが、合わせて、各種成果も報告されている。

◆航海期間  2006年11月15日~2007年3月23日(2月28日に調査中止)

◆調査海域Photo_734 南極海第Ⅴ区全域および第Ⅳ区西側海域(南緯60度以南、東経130度~西経145度)

◆調査員 調査団長 西脇茂利・鯨研調査部長(鯨研からは計5人参加)

◆調査船乗組員Photo_735数(監督官、調査員を含む)

  母船「日新丸」(8030t 小川知之船長以下149人)

  目視採集船(写真=左上より)「第二勇新丸」(747t 松坂潔船長以下21人)、「勇新丸」(720t 廣瀬喜代治船長以Photo_738下21人)、「第一京丸」(812.08t 佐々木安昭船長以下22人)

  目視専門船(写真=右の2隻・上より)「第二共新丸」(372t 竹下湖二船長以下22人)、「海幸丸」(860.25t 南淨邦船長以下24人)

◆標本採集数 クロミンククジラ 505頭(当初予定850±10頭)、ナガスPhoto_736クジラ 3頭(10頭)

◆調査結果要約 クロミンククジラは、調査海域内に広く分布し、その発見数は前回の調査と同様であり、依然として高い資源水準を保っていることが示唆される---以下=略---。Photo_739

 記者会見では、どんなことが明らかになるであろうか。反捕鯨団体の不当な妨害活動が、乗組員に微妙な影響を与えたとも伝えられている。乗組員の士気を妨げて火災事故につながったのか? この危険極まりない行動を欧米の船舶が受けたら、米国政府等は黙っていまい。海軍を出動させるかもしれない。反捕鯨団体の傍若無人の妨害行為を許してはならない。

2007年3月23日 (金)

AED・自動体外式除細動器

Aed  新幹線「小田原駅」の改札を入ると「AED」が目に飛び込んできた。AED=Automated External Defibrillatorは、自動体外式除細動器(じどうたいがいしきじょさいどうき)と呼ばれ、心臓の突然停止の際に電気ショックを与えて、心臓の働きを戻すことを試みる医療機器。誰でも使える。人が多く集まるスポーツ施設、鉄道などに設置されている。新幹線「小田Aed_1原駅」に設置されたのは、今月上旬で、改札口と上下線ホームの計3か所。東京駅などには既に設置されている。鉄道の場合、在来線を含めて乗降客数に応じて順次設置されいるみたいだ。AEDの設置にともない駅職員は操作の講習を受けている。私は名古屋へ行く時にAEDに気付いた。駅職員に聞くと、まだAEDが使われたことはないという。東京駅では、これまで2件ほど使われたそうだ。AEDは保険と一緒で、使われないのに越したことはない。しかし、AEDについての知識、どこに置かれているかを知ることは大切だ。

  私がAEDを意識したのは、2005年に開催された愛知万博会場に多数設置され、それによって実際に助かった人がいることからだった。その頃、私は「小田原市エリアマネジャー」を委嘱され、機会あるごとに市内各施設へのAEDAed_2導入を呼びかけた。私が提唱するまでもなく、市議会等でも取り上げられ、消防署、体育施設、学校へと設置場所は広がっていった。時々伺う「神奈川県立命の星地球博物館」にも導入されている。最近行った中部国際空港のAEDには、日本語とともに英語、中国語、ハングル語の説明が付いていた。さすがに空港である。

  AEDが一般市民が使えるようになったのは2004年7月から。その背景には、アメリカ心臓協会(AHA)が中心になって策定した「救急蘇生国際ガイドライン」によりAEDの高い有効性が実証されたこと、2002年に高円宮憲仁親王がスポーツ活動中に心停止(心室細動)により急逝したことの影響も大きいと言われる。価格は30万円前後である。清涼飲料水メーカーの中には自販機にAEDを取り付けているところもある。商店街にも一か所位AEDを置いてもらいたい。

2007年3月22日 (木)

ある小料理店の休業挨拶状

  三月いっぱいで店を閉めると聞いて友人を誘い、小田原市内の小料理店を訪れた。その時に、下記の挨拶状を頂いた。客足が遠のいて経営的にやっていけない店、はやっていながら病気や家庭の事情で休業せざるをえない店など、閉店、休業の理由はさまざまだ。東京・銀座から小田原市内に店を構えたがうまく行かずに、再び銀座へ<撤退>した和食店もある。闘病中の店主もいる。店を閉めるのは小田原市内に限らない。東京での集まりの後に必ず立ち寄る中華料理店もなくなってしまった。今、欲しいのは嫉妬(しっと)するような景気良い話である。

 「拝啓 春とはいえまだまだ風の冷たい今日この頃ですが、皆様にはおかれましては御清祥の事と存じます」Photo_731

 「さて、突然ではございますが三月三十一日(土)をもって○○ を暫くの間休業させて頂きたく御案内申し上げます。さぞかし驚かれている事と思いますが、精神的肉体的な自分の限界を感じてしまい暫くこの先の自分自身の生き方をゆっくり考えてみたく皆様方には可愛がって頂き大変心苦しいのですが不器用な生き方しか出来ない私の苦渋の選択だと御理解頂ければ倖せです」

 「今日迄支えて下さった事心より感謝申し上げますと共に心よりお詫び致します。又何らかの形でお逢い出来る日を信じて楽しみにしております。とり急ぎ書中をもってお知らせ致します」

 「ありがとうございました」 敬具

 平成十九年三月吉日      料理酒家○○女将

2007年3月21日 (水)

「半鐘」はいずこに

 半鐘321_2ない。まさか冗談が本当に ? 小田原市国府津の国道一号線沿いのPhoto_725火の見櫓(やぐら)。隣は小田原署の国府津交番。パトカーが常時出入りするこんな交番脇にある火の見櫓の半鐘を盗むヤツがいたら、よほどのバカか酔狂なヤツだ。そんなことを友人と話しながら<念のために>、交番と並べて半鐘をデジカメに収めたのが3月3日(半鐘左下の白い建物が交番)。そして、21日に町を歩いていてわが目を疑った。確かにな いのだ。---結論から言うと、小田原市消防本部の指示で一週間ほPhoto_728Photo_726ど前に市内全域の消防分団の半鐘を全て取り外したとのこと。これは又聞きで、撤去した半鐘の数、保管場所等、詳細は後日消防本部に確認するつもりだ。撤去の理由は、金属盗難が相次いでいるための予防策であろう。

 半鐘撤去の話が<判明>するまでの顛末はこうである。国府津の半鐘盗難の報道は見ていない。交番に警察官が詰めているのを確認して聞いた。「半鐘が無くなっている」と聞いて、警察官も一瞬驚いたみたいで、盗難届けをわざわざ見てくれた。国府津の交番勤務の警察官は人手不足で、長期駐在者は少ない。昼間はともかく夜間は他の交番の巡査らを交代で配属している。このため、国府津の地理や周辺状況に不案内の者も多い。多分<隣の半鐘>の有無などわからなかったのかもしれない。事実、地元民だって、半鐘のことなど気にもとめていない。今は使われていないからだ。忙しい警察官を煩わせては---と早々と引き揚げて近くの消防団OBの店に立ち寄った。彼も現状はわからず、仲間達の名前をあげながら電話で問い合わせて、上記の話にたどりついた次第である。Photo_730

 帰宅して半鐘の話をインターネットで検索すると、小田原市にほど近い平塚市消防本部が、「19消防団の半鐘のうち取り外し可能な18Photo_729個を保管した」(6日付け共同通信)という記事が出ていた。また、茨城県内の小美玉市(おみたまし)の小川消防団第15分団の半鐘撤去の記事もあった(12日付け読売新聞)。平塚市内での盗難騒ぎはないが、茨城県内では既に24件の被害が出ており、小川消防団は撤去に当たって、泥棒と間違われないように消防団の制服を着て作業にあたったという(写真左) 。

 今は使われていなくても半鐘は消防団のシンボル。平塚市消防本部警防課は、「騒ぎが落ち着いたら再び取り付ける」と話しているそうだが、小田原市ではどうするのであろうか。それにしても、盗っ人への見せしめと警鐘のために、交番脇の半鐘だけは、取り外してほしくなかった---。

2007年3月20日 (火)

今期の調査捕鯨を中断

 大変残念な結果である。「2006/07南極海鯨類捕獲調査」が中断された。調査母船「日新丸」(8030t、乗組員148人)の火災によるもので、自力224航行は可能だが、調査機材等の損傷で調査の継続が難しいと判断されたためである。一人の死者を出しており、目視専門船「第2共新丸」が遺体と共に一足先に帰国した。名古屋から帰宅すると共同船舶の関係者から電話があった。用件は今回の事故と直接関係するものではなかったが、電話の主は亡くなった方の葬儀に出かけるところだという。私は24日に上京するので、その時に(財)日本鯨類研究所等を訪れて、今回の一連の調査捕鯨について聞いてくるつもりだ。今年度の調査捕鯨の中止について水産庁はプレスリリース(2月28日付)を発表した。同じ日、日本鯨類研究所と共同船舶は連名で、シーシェパードによる鯨類捕獲調査に対する妨害活動についての抗議声明を出した。

 2006/07年南極海鯨類捕獲調査の中止について

1.調査の中止について
 調査母船日新丸について火災の被害状況の調査を行った結果、自力航行は可能であるものの、調査機材の不具合や汚損等により調査の継続が困難であると判断されたため、本年度の南極海鯨類捕獲調査を中止することとした。

日新丸の調査関連施設の状況
(1)機材倉庫に保管、設置してあった調査機材の多くが汚損し、使用不可能。
(2)揚鯨用ウィンチ、秤等が動作不良となっており、現場での復旧が困難なため、ドック入りによる作業が必要。
(3)副産物製造工場の汚損が著しく、ドック入りによる改装工事が必要

3.今後の予定
(1)目視専門船第2共新丸は死亡者のご遺体とともに、先行して20日に日本に向け帰航
  (3月中旬到着見込み)。
(2)第2共新丸を除く5隻及び補給船1隻が日本に向け帰航開始。
(3)母船日新丸の入港予定は3月下旬であり、入港地は東京港を予定。
(4)入港後、出火原因の特定等の調査が海上保安庁により行われる予定。

(参考)火災事故の経緯(時間は全て日本時間。現地時間は3時間先行)
(1)15日0時30分、調査母船「日新丸」(8030トン、乗員148名)の船内工場から出火。
(2)同日、一部の運行要員を残して乗員を他の調査船に移乗させた際に、行方不明者が1名いることが判明。
(3)船内捜索を試みたが、完全鎮火とは判断できず、17日朝まで、火災現場に通ずる通路を封鎖し、密閉消火。
(4)17日より船内の捜索が開始され、5時20分に行方不明者を遺体で発見。
(5)18日以降、復旧作業を本格的に開始。
(6)19日5時に完全鎮火宣言。
(7)21日14時にエンジン始動試験成功。(写真は帰途についた「日新丸」)

鯨類捕獲調査に対するシーシェパードの妨害活動についての抗議

  昨年に引き続き、シーシェパードは、南極海で鯨類捕獲調査を行っている調査船団に対し、2007年2月8日から14日の間、犯罪的な妨害行動を行った。この調査は国際捕鯨取締条約に基づき、日本政府が発給した許可の下で、(財)日本鯨類研究所が共同船舶株式会社の船を用いて実施する完全に合法的な調査活動である。

 シーシェパードは、調査母船日新丸及び非致死的調査に従事する目視専門船海幸丸に対し、発煙筒や有害な薬物を多数投げつけて乗組員2名を負傷させ、船のスクリューにロープや漁網を絡ませ航行不能を企てた。さらに、無抵抗で回避する海幸丸に対して3回に渡り体当たりを行い、船体に大きな損傷を与えた。

 このようなシーシェパードの悪質で執拗な行為は、海賊行為を禁止し、航行の安全を確保するための国際的取り決めに違反し、また、シーマンシップにももとる断じて許すことの出来ない犯罪行為である。さらに、人命を無視した思慮のない悪質なテロ行為でもある。

 我々はシーシェパードに対し、今後一切、人命を危うくするこのようなテロ行為を行わないよう強く抗議する。このような不当な活動を容認しないことについては、昨年の国際捕鯨委員会でもコンセンサスにより決議されている。また、このようなテロ組織に援助したり、船籍を付与するなどの一切の便宜を与えないよう、国際世論に強く訴えたい。

 2007年2月28日  (財)日本鯨類研究所理事長 畑中寛、共同船舶(株)社長 山村和夫

2007年3月19日 (月)

セントレア 中部国際空港

Photo_724   伊勢湾を背景にひっきりなしに離着陸する各国の飛行機と湾上を走る貨物船。展望風呂「宮の湯」から、窓外の景色をしばし楽しんだ---。日曜日の3月18日、<セントレア>の愛称を持つ中部国際空港(愛知県常滑市)を半日の間、たっぷりと散策してきた。セントレア(Centrair)は、中部(Central Japan)と空港(Airport)を組み合わせた造語。2005年2月17日に開港し、これ070314asqまでの利用・来場者数は3000万人を超Photo_716えるという。今年3月12日にアラブ首長国連邦ドバイで開催された「国際空港評議会」(ACI)で、小規模(年間旅客数500万人~1500万人)部門・2006年国際空港評価(ASQ=Airport Service Quality)の第一位に選ばれた。2年連続の一位受賞だ。こんなニュースを聞いていたので、中部国際空港を改めて見学したくなった。私は空港建設中に一度訪れたことNa02_pic_02_jpnがあるが、開港後は初めてである。

  電車やバス、高速船乗り場に通じる「アクセツプラザ」がある2階をそのまま進むと「到着ロビー」で、3階が「出発ロビー」。いずれも向かって右側が国内線、左側が国際線となっている。エスカレーターやエレベーターで4階にPhoto_6上ると「スカイタウン」と名付けらPhoto_715れたレストラン&ショップ街。その中央にあるイベントプラザを抜けると「スカイデッキ」に出る。長さ300m。海からの風が強いが、晴天とあって家族連れが次々と訪れて色とりどりの機体を眺め、離着陸する飛行機をカメラに収めていたPhoto_717。私はここから、3階→2階→1階(ウエルカムガーデン・セン ターピアガーデン)へと回った。

 3階出発ロビーは、アジア系の外国人が多かった。名古屋からの国際線は中国、韓国の都市と結ぶ路線が多い。Photo_719搭乗口近くに名古屋税関のキャンペーンコーナーがある。麻薬などの密輸撲滅の呼びかけとともに、中部空港検疫所支所による感染症対策、名古屋植物防疫所による植物検疫へのPRコーナーが設けられていた。室内は私がたった一人。近くに空港関係者以外の入場を禁止する出入り口があり、それを監視の<厳しい>ガードマンの姿がPRコーナへの入場を阻んでいる?気もした---。「液体物を客室に持ち込むための新ルール 2007年3月1日より日本発国際線で開始」。こんなポスターが、ロビーのあちらこちらに掲示してあった。容器の機内への持込本数制限と、容器は入れる袋は「1ℓ以下のジッパー付き透明なプラスチPhoto_723ック袋」と限られ、しかも「一人1袋まで」と書かれている。どこの空港でも同じであろうが、保安対策へのピリピリした雰囲気を感じる。

   旅立ち、Photo_718別れか、写真を撮る光景も見られ、全体にゆったりした雰囲気Photo_722の3階に比べて、2階の到着ロビーは足早に歩く人など少し忙(せわ)しい感じだ。帰路あるいは目的地へ急ごうとするためであろう。1階にはロボットコーナーがあり、「パートナーロボット」と未来コンセプトビークル「i-unit」(アイユニット)が展示、実演されている。愛・地球博のトヨタグループ館のメインショーに登場したもので、Photo_720音楽演奏、係員 による試走があった。オープンスペースの挙式会場、ギャラリー、情報コーナーなど、空港情報はここに集まっている。

  羽田空港はもとより、成田、関西空港などはほんのたまに利用するだけで、空港事態をじっくりと見学したことはない。規模も異なる。中部国際空港については、朝10時~午後5時半まで、いろいろなところをまわった。空港関係者には日本展示学会のメンバーもおり、今後は空港の「バックヤード」視察、および「環境への取り組み」等の検証が予定されている。---空港には珍しい「露Photo_721天風呂」に浸かったが、高速船旅客船ターミナルにも足を運んだ。三重県の津、松阪、四日市方面への海上アクセスで所要時間は35分~45分という。空と海、それに食事と買い物---。中部国際空港・セントレアは、中部圏の<レジャー施設>ともいえる。

2007年3月18日 (日)

コメ兵&名古屋

Photo_712  名古屋・大須にある「コメ兵」(こめひょう)。1階の宝石・貴金属売り場は若いカップルとアジア系の外国人が目立つ---2階は時計・香水・ネクタイ、3階はブランドバッグ・ブランド衣料、4階はインポートブランド医療・DCブランド医療、5階はカメラ・パソコン・情報家電---6階のギター・シンセサイザー・管楽器売り場では若者が盛んに音を出していた。日本一のリサイクル・ショップである。NHK・Photo_713TVのドキュメント番組「72hours」で紹介されたのを見て3月17日に訪れた。とにかく、明るく、清潔で、店員の若さと活気に溢れていた。もう20年以上前になるが読売新聞デスク時代に名古屋で過したことがある。その時の「コメ兵」は<中古品販売店>というイメージで、主として質流れ品を扱っていたように思う。6Photo_707~7年前に大きく様変わりし、現在は愛知に2店、東京に3店、大阪・神戸に各1店の計7店舗を構えている。年間取扱商品は約150万点に達するというから驚きだ。私はNHKの番組を見るまで「コメ兵」のことなど頭になかった。17日夕から名古屋で集まりがあり、それまでの時間を利用して大須にタクシーで行き、「コメ兵」の店内を回った。その印象が冒頭の記述である。「名古屋は元気だ---」と、名古屋の皆さんは自負しているが、「コメ兵」もその牽引力の一つではなかろうか。

 名古屋での集まりは、日本展示学会の名古屋のメンバーが中心の「学際交流視察研究会」(代表・野崎悠子愛知県立芸術大名誉教授)。今年度Photo_708の視察先を検討する幹事会で、私は読売新聞の名古屋時代からのメンバー。本社時代は東京から、退職後は小田原から時々名古屋に出向いている。研究会は<身近な自然を をテーマに掲げ、昨年度は「愛知万博は何を働きかけたか」をサブタイトルに、万博跡地などを訪れた。今年度は、「木曽三川公園」への視察を内定した。木曽三川流域にはかなりの公園が散在しており、私が訪れた公園はこれまで一か所だけ。「内藤記念 くすり博物館」という私が初めて聞く博物館があるなど、今年もまた、先輩諸兄に案内役をお願いすることになった。開催日は10月20日(土)~21日(日)で、バス利用の予定だ。メンバーは大学の先生、博物館の学芸員、植物や昆虫研究の専門家などがおり、私はいつも楽しく教Photo_710えを請うている。

 研究会のミーティングの前に、「コメ兵」とともに、もう一か所<眺めた>ところがある。名古屋駅地区に3月にオープンした「ミッドランドスクエア」。高さ247m、47階・地下5階のオッフィスタワーで、商業棟にはブランドショップが入居している。時間の関係で、私は外観しかPhoto_709見ることが出来なかった。名古屋駅周辺は平成11年2月の「JRセントラルタワーズ」(245m、51階・地下4階)を皮切りに、「名古屋ルーセントタワー」(180m、40階・地下3階)、「ミッドランドスクエア」と高層ビル建設Photo_711が相次ぎ、現在、「モード学園スパイラルタワーズ」(170m、36階・地下3階)が建設中で来年2月に竣工の予定だ。ビルの高さで言えば、わずか2mの差で「ミッドランドスクエア」が「JRセントラルタワーズ」を抜いて一番だ。もっとも、一番になるために、わざわざ「2m」高くしたとも言われるが、この「背比べ」もまた<元気なごや>の象徴と言えるであろう。

2007年3月17日 (土)

ある作家夫人の死

Photo_705   尾崎松枝氏の死亡記事が16日付け朝日新聞夕刊に載っていた。松枝氏は作家の故・尾崎一雄氏(1899~1983)の奥さん。行年93歳。13日に小田原市内の病院で亡くなり、葬儀は近親者で既に済ませたと報じられていた。共同通信の配信で一部の地方の新聞にも掲載された。私が松枝夫人と会ったのはたったの一回、JR国府津駅前にある「国府津館」でだった。館主の簑島清夫氏に尾崎氏を中心にした「国府津館を訪れた文人達」をテーマに講演を頼んだ時だった。私は当時、読売・日本テレビ文化センターに出向しており、講座の企画を立てていた。講演はその一つで、ゲスト(受講者)として夫人を招いた。尾崎氏が亡くなって、仏教でいう三回忌?(尾崎氏は神道)頃だったとう思う。

  尾崎氏は、御殿場線で国府津駅から一つ目の「下曽我駅」近くに住んでいた。神官の家の生まれで、志賀直哉に師事した。1925年に同人誌「主潮」に「二月の蜜蜂」を発表して注目された。その後低迷が続いたが1931年の松枝夫人との結婚を期に再起し、1937年に短編集「暢気眼鏡」(のんきめがね)で第5回芥川賞を受賞した。小説の中に松枝夫人が芳兵衛こと「芳枝」の名前でしばしば、陽気で楽しい妻として登場する。また、尾崎氏は来客があると、よく国府津館に連れて行って魚料理を御馳走している。そんなことから、尾崎氏と簑島氏との深いつながりが出来た。尾崎氏の葬儀の時に、簑島氏は受付に立った。弔問の作家達に失礼がないようにと、作家の顔を知っている簑島氏に、松枝夫人が頼んだのである。

  尾崎氏亡き後も松枝夫人は国府津館へ友達や、作家の川崎長太郎・夫人とも連れ立って訪れている。松枝夫人は下曽我の家に住んでいたが、その後、引越し、尾崎氏の書斎は数年前に小田原文学館の敷地内に移築された。新聞で松枝夫人の訃報を知り、上記のことを思い出した。夫人の逝去は、あえてマスコミに<発表>されることもなく、近親者のみで営まれたらしい。その証拠に、「13日午前3時45分、肺炎ため小田原市内の病院で---」亡くなっているのに、新聞掲載が16日付けになっていることでもわかる。何回お会いしていても印象に残らない人がいる一方で、たった一回、それも2時間余の時間であっても、深く印象に残っている方もいる。松枝夫人は、そんな方だった。

2007年3月16日 (金)

白内障 術後1か月検診

 「白内障」の手術から、左目が37日、右目が30日ほど経った。いわゆる、手術後の一か月検診を受けた。いつものように視力検査、眼底、眼圧検査等の後に検診。特に問題はなさそうで、点眼の薬を一種類に変えた。「ブロナック点眼液」という名前の薬で、「非ステロイド性抗炎症点眼剤」。目の炎症を抑える薬で、一日2回(朝晩)両眼に点(さ)せばよいという。これまでの、三種類の薬を一日4回も点すことに比べればぐんと<楽>になる。今回の抗炎症点眼剤は、今まで使っていたのより<薄い>というか<軽い>というか、目に優しいらしい。とにかく、順調な経過をたどっており、ほっとした。

 視力検査によると、手術前の昨年12月と今年3月16日時点との比較で、右目が「0.08」(裸眼)・「1.0」(強制)→「0.2」(裸眼)・「1.2」(強制)になり、左目が「0.1」(裸眼)・「0.6」(強制)→「0.15」(裸眼)・「1.2」(強制)となった。いずれも眼鏡をかけて「1.2」まで見えるようになったということである。従って、遠くを見る時は眼鏡をかけ、手前を見る時は眼鏡を外して見る---、それも、焦点の位置に極端な差を付けなかったため、これまでの近眼の眼鏡がそのまま使える。外出時は今、度(ど)の入ったサングラスをかけている。

 今回検診した眼科医は院長ではなく、その後の注意点を言わなかったし、私も聞かなかった。ただ、一般論として、一か月を過ぎるころから、眼内レンズに曇りが出たり、眼内レンズの座りが安定しない場合もあるそうだ。曇りが出た時は、レーザーで処置するようである。いずれにしても、目に急激な衝撃を与えたり、糖尿などの気があれば処置するように---と、一層の注意が必要だ。私は、当然ことながら「禁酒」を続けている。

 医院のロビーは、私のような手術後の検診患者と新規の患者で、相変わらず混んでいた。次回の検診日は、4月23日(月)を予約した。   

2007年3月15日 (木)

女子大生・検討委員 内閣府

  安倍内閣のメールマガジン第21号( 2007/03/15)が届いた。安倍晋三首相の神戸製鋼所加古川製鉄所と、広島の少年院視察が報告されている。神戸製鋼所は安倍首相の社会人としての原点、広島の少年院は、昨年ここを出院した少年の保護観察結果が再非行1.1%、少年院送致0%ということで訪れたという。そんな大臣の動向に混じって、「政府広報事業評価基準等検討会委員」の中でただ一人の女子大生・近藤奈香子(こんどう・なかこ)氏の<政府広報活動>に対する感想が載っていた。彼女の起用の経緯はともかく、彼女の話に耳を傾けたい。

[この人に聞きたい] 好感と共感の狭間で- --女子学生@国会議事堂前 (政府広報事業評価基準等検討会委員 近藤奈香子)

 普通の女子大生である私が首相官邸の向かい側にある内閣府へ初めて「出勤」したのは去年暮れのことでした。そのときから、それまで若者とは縁遠いと思っていた私の内閣府のイメージが少し変わったと思います。私が就任した内閣府の政府広報事業評価基準等検討委員会の目的は政府の広報事業を誰に、どのような基準で担わせるのかをKondou明確化すること。具体的にはテレビCMや新聞広告を作る広告代理店の選び方を検討しています。

 委員12名の中で学生は私一人です。初日に名刺も持たず、隣り合う委員との座席の大きな距離に戸惑う私に「自由に意見を言ってくださいね」と内閣府の方に肩をポンッと叩かれ、ほっとしました。未だに「委員」という響きには慣れていませんし、この機会は思いがけず巡り合ったものです。しかし国の広報(PR)事業に何らかの形で関わることに、私は今までずっと強い関心を抱いてきました。4年以上同じ国に継続して留まったことの無い私は、国外における日本像に多く接する機会がありました。よく思ったのは、同じ英語を使って意見を表明しても日本の主張が異なって「解釈」されてしまうということです。PRという言葉が行き交う様になってから、日本はPR下手だという話を頻繁に耳にします。例えば日本が「あ・うん」の共同体で、説明以前に「空気を読む」習慣があるという指摘、また「いちいち説明するのは男らしくない」といった文化的意識が日本人の言動に曖昧さを生んでいるといったものです。態度の曖昧さが他者に解釈の余地を提供している---私の日本のPRに対するイメージはざっとこのようなものでした。

 PRとは平たく言うと「好かれる関係を築く」方法だと思いますが、委員会にいざ入ってみると政府の広報は国内外対象者を問わず日本が「好かれる」ことを一つの大きな目標としていました。であれば、なぜPRが不得手だとされるのでしょうか。委員会では「共感」が海外広報における必須項目の一つとして掲げられていました。ただしある特定の事柄に対して共感が得られたとしても「好き」に繋がるとは限らないですし、ましてや国境を越えた不特定多数の人物が共感するかを評価するのは大変難しいことです。少なくとも我々の感覚に頼っていたのでは「きっとわかってくれる」といった域を抜け出ることは難しいのかもしれません。つまり、好意を共感に頼っていたのでは確実なPRは期待できないと思うのです。

 日本が思うように「わかってもらえない」ことを目の当たりにし、その改善に少しでも役に立ちたいと中学生の頃からジャーナリストを目指していた私にとって、政府広報事業の一端に参加する機会にめぐり合えたのはしごく幸運な出来事だと思っています。これからの日本がよくなることを願って。

2007年3月14日 (水)

皆勤賞は8人 ! シルバー大学

Photo_701   平成18年度の「おだわらシルバー大学」卒業証書授与式が3月13日(火)午Photo_702 後3時45分から小田原市中央公民館2階ホールで行われた。今年度の卒業生は3コース計108人。内訳は「歴史観光コース」53人(履修3年間・皆勤者2人)、「ふるさと文化コース」(2年間・4人)、「いきいきレクレ ーションコース」(2年間・2人)。皆勤者計8人を数える。原則週一回の授業とはいえ皆勤することは、わPhoto_695が身を振り返って見ると、頭が下がる思いだ。卒業式は12回目で、これまでの卒業生は708人、今回を加えると総計で816人に達する。卒業生はNPO法人「小田原ガイド協会」に所属して観光客の案内をしたり、修得した手品や紙芝居、民話の語りなどで老人施設や小学校を巡り、地域に貢献している。「私達は<若いシルバー>として、これからも情熱を持って進んで行く」---卒業生代表の「別れの言葉」である。

 卒業式Photo_696に先立ち、「地域社会とリーダーの役割」と題した浅井経子氏八洲学園=やしまがくえん=大学教授)の講演が行われ、卒業生・在校生が共に拝聴した。「これからの社会は物より知識、知恵を働かせる時代」と前置きして、浅井氏はこう訴えた。「新しいアイディアを生み出して欲しいが、自分の過去・経験に頼ってはいけPhoto_703ない。過去のしがらみを背負っての発想からは新しい社会を創れない。過去を振り返るな---」と。そして、<エイジレス・タレント>(年齢に関係なく才能を生かせる人=山本恒夫氏の造語)として、各分野での活動の基本を学びつつ地域活動、産業活動に参加して、地域の活性化をPhoto_698図ってもらいたい、と強調していた。

  一方、平成19年度の受講生募集要項が決まった。新年度は一挙に5コースに増えた。私達17年度入学生は3コーPhoto_699ス、18年度は2コースに減少し、団塊世代の退職を迎えて、生涯学習コースの後退が心配されていただけに、コースの拡大は大いに歓迎される。19年度の募集定員は新設を含めて各コース30人の計150人。この募集人数は過Photo_704去最高である。対象は58歳以上の小田原市内在住者。学習は週一回(月・火・木のいづれか)2時間。場所は原則「マロニエ」。費用は年間1万2000円。申し込みは4月16日(月)までに電話かE-メールで生涯学習政策課へ。応募多数の場合は抽選。入校説明会は5月8日(火)中央公民館で。

◆「歴史観光コース」(履修期間3年間)。小田原の歴史を学び、名所や旧跡を現地実習する。

◆「ふるさと文化コース」(2年間)。昔から伝わる地域の生活・文化を、民俗学の観点を交えて学ぶ。

◆「いきいきレクレーションコース」(2年間)。手作りおもちゃ、紙芝居、伝承遊びなどの実習と児童文化論などの講義も。

◆「ふれあいスクールサポート」(新規・2年間)。教育現場で導入が試みられている<スクールボランティア>の活動内容と知識を学び、実習も行う。

◆「わくわく地域デビューコース」(新規・1年間)。地域の課題、活性化に向けた活動のポイントを実践的に学ぶ。

 問い合わせ先=小田原市生涯学習政策課(電話・0465-33-1711)

2007年3月13日 (火)

<釈迦に説法 談志に落語>!!

  言わずもがな、先刻承知のこと---。「釈迦に説法」は誰でも一度は口Photo_683にしているだろう。「談志」は、落語フアンならお馴染の落語・立川流家元の立川談志師匠のこと。談志師匠をお釈迦様と同等に、私が敬意を込Photo_693めて対句にした一種の洒落(しゃれ)である。こんな言葉遊びを、何と500以上も考えて、その内の幾つかを本にまとめた男がいる。江戸文字作家の「立川文志」(たてかわ・ぶんし)師匠。立川流の<色物真打>である。本の題名は「洒落札咄し」(しゃれふだばなし)。3月15日に発 売と聞いていたので、地元の本屋に注文していたら、文志師匠から12日に郵送されてきた。発行は二玄社(東京・神田神保町 電話03-5395-0511・1000円)。家元の一文もさることながら、表紙の絵がPhoto_685漫画家の髙井研一郎先生(私は先生と呼んでいる)。あの国民的漫画「山口六平太」の作者である。何とも贅沢な表紙だ。先生は「立川雄之助」の名を持つ家元の弟子でもある。私は、文志師匠とは20年来の友人で、家元も先生も師匠の紹介で<お付き合い>をさせてもらっている。タイトルの私の作品は収録されていないが、「洒落札咄し」のホンのさわりだけを紹介しよう。Photo_690

  文字を書くことを生業にしている文志師匠だが、談志家元のPhoto_684高座をはじめ、落語家や津軽三味線奏者らと一緒に全国各地で公演している。また、友人や文志フアンの結婚式などによく呼ばれる。そんな時の挨拶がこうである---。「花嫁さんは今、フコーです」。家族はもちろん、来賓の面々も「不幸?」と聞いて一瞬ぎょっとする。そこに、師匠は一枚の模造紙を掲げる。書いてある文字は---「私、夫好(ふこう)なの」。式場はどっと沸く。おPhoto_692目出度い席とは反対に、入院患者を見舞いに行く時もある。お見舞いの品物に張られた札は、<患闘勝利>。シャレを解説するのはPhoto_689ヤボなことだが、野球投手が目指している「完投勝利」をもじったもの。以下、順不同で---「只今 勤酒中」、「極上 粗品」、「離煙状」、「鮨 握徳商人」、「猛妻注意」、そして、声に出して読んでもらいたいのが、蝉の絵ととも書かれたこのフレーズ。「ヒーン・ミン・ミン カネ・カネ・カネ・カネ ツクズクホシイ・ツクズクホシイ」!!

  「立川文志のことなど」と題して、談志家元が巻頭に一文を寄Photo_687せている。「御承知だと思うPhoto_688が文志は身障者(ルビ=ハンディ)を持って今日(こんにち)まで生きてきた。そして人前に立ち(いや坐ってか)並みの人間より生き様を識り闘志を持つことにより己を創ってきた。又、その己を“客観的に眺められる”という、いわゆる『ユーモア』が在った。これが文志の人生を変え、救った。『ユーモアは不幸を忘れさせる』の文句(フレーズ)の見事な立証であろう---」合わせて一文を寄せている立川藤志楼こと放送作家の高田文夫氏は、文志師匠をして文字通りの<『札付き』の『洒落男』>と称している。Photo_686

   こんな札もある。「エイズ 自己帽子」。分かりますよネ。今回の本には掲載されていないが、単なる遊びの洒落というより、オーバーに言えば、社会への警句である。これこそユPhoto_691ーモアの真髄ではないか、と私は思っている。ちなみに、このフレーズは、意匠登録されていると聞いている。洒落札には実に小気味良い短文が添えられている。師匠の下で一緒に仕事をしている立川談文こと三浦淳一氏の協力による。師匠の長女のご主人である。「洒落札咄し」を一度、是非、手にとってほしい。明るい酒の肴になること請け合いです。一体誰のことか分かりませんが、最後に一つ----。 もちろん、私のことではありません。

   ---忙がしくて 仕事する暇が無い---

2007年3月12日 (月)

仮設人道橋 パンジー

    拡幅工Photo_678事中の富士見橋(小田原市国府津)わきに人道橋が仮設された。幅約1.5m。人や自転車がなんとかすれ違える。下を流れる森戸川の最も狭いところに架かった。橋げたは鉄骨を組み、橋床 というのか、人が歩くところは滑らないようにゴム 行かなければならない。通行人がいない時、子供達は乗ったまま渡り、交通整理のガードマンに注意されていPhoto_679た。橋の東端はJR東海道線土手の小道にぶつかり、西端は交通量の多い県道の歩道。いずれも道幅は狭く、工事の資材が近くにある。これから一年間、歩行者は<全方位>に注意を向けて、橋を渡らなければPhoto_680ならない。

 その県道わきの歩道に、パン ジーが植Photo_681えられた。高さ80㎝前後の常緑樹・ハマヒサカキが県道分離帯と歩道に植栽されていたが、3月に入って次々に抜き取られた。周辺に消防署、コンビに、また路地が入り組んでおり、車の視界の妨げになる---というのが伐採の理由 らしい。地味なハマヒサカキに比べて、パンジはPhoto_682色鮮やかで、確かにきれいだ。見通しもスッキリした。今回の植栽は県土木事務所が業者と一緒に行った。県道沿いの歩道には、地元自治会が管理・協力している花壇がある。常緑樹は放って置いても構わなかったが、今後は定期的な水遣りなどが求められる。せっかくのパンジーを枯らしては、その身を犠牲にして場所を譲ったハマヒサカキの立つ瀬がなくなる。

2007年3月11日 (日)

100日間 <荒行> 成満

  「寒水白粥凡骨将死」「理懺事悔聖胎生」---。よく寺院の本堂や客殿にこんな二枚の柱聯(ちゅうれん)が掲げられている。<かんすい びゃくじゅく ぼPhoto_638んこつ まさにかれんとす><りざん じげ しょうたい おのずからしょうず>と読む。難しい教理はわからないが、私がこの言葉を実感するのは、千葉県市川市にある日蓮宗・法華経寺で厳冬100日間の修行を終えて荒行堂の瑞門を出る加行Photo_641僧の姿を見る時である。文字通りお粥(かゆ)など 質素な食事を摂(と)るだけで、唱題読誦・水行に明け暮れてヒゲはのび放題、目は鋭く血走る姿は一種異様ではあるが、その顔は皆、自信に満ちている。私が郵送で取っている寺院関係の寺報や新聞の一つ、Photo_676日蓮宗新」3月1号は、修行を終えた「成満会」(じょうまんえ)を特集していた。今年もまた、加行僧と家族、檀信徒との<感動的再会>が紙面に溢れていた。

 わが家の檀家寺の副住職が平成17年2月に初めての荒行を終えて、帰山奉告式を行った。日蓮宗の住職であるならば、一度は荒行を体験すべき---と、私は常々考えていたため、副住職の<初行>成満を心から祝った。住職に頼まれたためでもあるが、その時の様子をビデオ(プロが撮影)に収めた。また、修行途中の副住職に対する檀信徒の激励、成満会の風Photo_674景などをデジカメに撮ってアルバムにして贈った。新聞を読みながら、2年前の成満会の日、若い僧侶が顔付きといい、一段と逞しくなって瑞門を出てくる姿を思い出した。

 荒行は毎年11月1日~翌年の2月10日まで行われる。11月1日は剃髪し麻の衣の死装束姿で入行する。最初の三十五日間Photo_671は<自行(じぎょう)>と称し、己の<邪気>消滅のために読経・水行する。午前2時に起床し3時に朝一番の水行に始まり、水行は午後11時まで計七回行われる。トイレなどに立った時はその都度水行が加わる。自行の三十五日が明けると、<化他行(けたぎょう)>Photo_672に入るとともに家族や檀信徒との面会が許される。私は化他行の間に2回ほど檀信徒と一緒に面会した。加行僧はヒゲや頭髪が延び放題、頬はこけて目ばかりが光る青白い姿。面会で話すのは付き添いの先輩僧で、本人はただお題目を繰り返すばかり。その声もしゃがれている。そんな姿に、檀信徒は思わず涙する。私も緊張したものだ。

  話はそれるが、私はある裁判官から服役囚の「刑期」について聞いたPhoto_639。「今の2~3年の刑期は昔の5年ぐらいにあたるだろう」という。昔は社会的に制約が多く堅苦しい生活だった。今は自由で、ちょっと束縛されるのも苦痛に感じる。だから2~3年の刑期でも、その束縛は昔の5年間位に感じるのではなかろうかと、言うのである。荒行Photo_640はもちろん犯罪とは関係ないが、世間から隔絶されて身を拘束する生活はかなり苦しいに違いない。加えて、基本の食事は朝夕2回、梅干1個の白粥のみ。どの宗派の修行はそれなりに厳しいものであるが、中でも<死と再生のドラマ>とも言われる荒行は相当きつい。修行中の話は門外不出で詳細は不明だが、2006/11~2007/2の入行僧は183人。このうち7人が途中で脱落、1人が死亡したと伝えられている。まだ、女性の入行は認められていないし、男性でも満60歳以下という年齢制限が設けられてPhoto_675いる。

  荒行には、「初行」「再行(二行)」「三行」「再々行(四行)」「五行」と、六回以降の「参籠」の六段階がある。今年、成満十回・通算壱千日の修行を終えた住職がいたという。その精神力には驚くばかりだが、「どんな修行も、時が経つに連れて<苦修錬行>の感覚が薄Photo_677れてくる」と、体験者は話している。「喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる」の喩(たと)えの通りである。今、各地の寺院で加行僧の帰山奉告式が行われ、初めての加持祈祷・修法行っていることであろう。そして、先輩僧らが祝辞とともに必ず口にする言葉がある。

    ---「初心忘するべからず」 ---

2007年3月10日 (土)

国立新美術館 東京

  Photo_668ぺちゃんこになったスプーンやトロンボーンなどの食器や管楽器が、床から10㎝ほどの空間に針金で水平に吊るされ浮いている。作品のタイトルは<ロールシャッハ>。二つに折った「紙」にインクで染みをつけて左右対称の模様を作り、それが何に見えるかによって見る者の性格や意識を判断する古典的心理検査の手法に倣(なら)い、「紙」を「金属」に置Photo_662 き換えて制作。250tの工業用プレス機で素材を押しつぶして形を変えることによって帯びる、物の新たな意味や使命、しいては<価値観>の転換をさぐろうという大規模なインスタレーション。イギリスのコーネル・パーカー(1956年生~)の作品。数多く並ぶ作品群の中で、今回、Photo_663私が最も気なった作品である---。

 日本展示学会の見学会で3月9日午後、国立新美術館(東京・六本木)を訪れた。学会メンバーによる新設および話題の美術館や博物館等の見学は適時行われ、学芸員らに建物のコンセプト、鑑賞ガイダンス等を受ける、いわば<学会研修>の一環。国立新美術館は黒川記章・日本設計共同Photo_664体の設計で1月21日にオープンした。旧東大生産技術研究所の跡地に建てられた国立の美術館としては30年ぶり5館目で、「物」すなわち収蔵品・コレクションを持たない美術館。展示スペースは国内最大Photo_665級で、公募展用が1000㎡×10室、企画展示室が2000㎡×2室。20枚の可動パネルで自由にスペースは仕切られるが、壁面の最長が370mにも及ぶ。空調は床下から取り入れて天井裏に流す仕組みになっている。公募団体は既に69団体を数えているが、バックヤード・保管室(3か所)が展示スペースPhoto_670比べて狭い、と関係者は話していた。

  私達が訪れた日は金曜日。開館時間は午前10時~午後6時までだ が、金曜日は午後8時まで延長している。私達は学芸員らの話を聞いたあと、開館記念展「20世紀美術探検~アPhoto_666ーティストたち三つの冒険物語~」(1月21日~3月19日、観覧料1100円)を、それぞれ自由に鑑賞した。20世紀以降の美術の展開と物質文明の関係を探ろうという意図で企画された。身近にあふれた「物」をいかに芸術表現の中に取り入れられているかを時代・テーマごとPhoto_669に展観している。それは、国立新美術館が「物」を持たない美術館とはいえ、展示空間が「物との出会いの場」であることには変わりがなく、「物」の世界に新たな眼差しを注ぐことによって、同時に新しい時代の美術館を探る試みでもある---ともいう。

Photo_667  国立新美術館の周辺には六本木ヒルズの「森美術館」、防衛庁跡地に建設中の東京ミッドタウンに移転する「サントリー美術館」(2007年3月30日オープン予定)など様々な美術館・ギャyラリー・ホールがある。既に先述3館の「六本木アート・トライアングル(Art Triangle Roppongi) Map」が作成されており、六本木が東京の新しいアートの拠点になりつつある。国立新美術館では開館展と並んで「黒川記章展~機械の時代から生命の時代へ~」(3月19日まで。入場無料)と「ポンピドー・センター所蔵作品 異邦人たちのパリ 1900-2005」(2月7日~5月7日、観覧料1500円)が同時開催されている。

2007年3月 9日 (金)

かながわ地球市民メルマガ

Photoplaza210pix  (財) 神奈川県国際交流協会(KIA)が発信しているメールマガジンである。神奈川県民の一人として、小田原市の動きとともに<地元>神奈川の動向をウオッチするために定期的に読んでいる。KIAは、NGOや他の公的機関などと連携を図りながら、「国際交流・協力活動の支援」、「多文化共生の地域づくり」、「地球市民学習の推進」をテーマにさまざまな事業を展開している。私が日ごろ顔を出している団体やお店のフェアトレード絡みのニュース、イベントなども紹介されている。このメルマガを参考に、私は時々イベントに参加している。

 かながわ地球市民メールマガジン
 KIA NEWS
 Kanagawa International Association NEWS 
  <2007.3.9/vol.22>
★(財)神奈川県国際交流協会
  http://www.k-i-a.or.jp/membership/membership.html
●KIA NEWS もくじ●
1.  KIAからのお知らせ
2.  あーすぷらざ「情報フォーラムだより」
3. イベント情報
4. 編集後記
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■ 1.KIAからのお知らせ ■
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かながわ民際協力基金 申請募集および説明会
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人と人・地域と地域を結ぶ国際協力や、県内での多文化共生の分野で活動するNGOを応援する資金助成および協働事業を行っています。助成申請・協働事業への提案を募集しています。まずはお気軽にご相談ください。
◎対象分野
 次の1~6のいずれかに該当する活動で、2007年10月1日以降、1年以内に開始される事業 ※5、6については、実施時期・申請受付時期は問わず、随時受け付けます。
1 海外の開発途上地域での協力活動
2 外国籍県民等を対象とした、県内での協力活動
3 国際協力の担い手を育成する活動
4 NGOの組織強化や活動の充実をはかるための活動
5 国内外の大規模な災害などに対応して行う緊急支援活動
6 NGOと神奈川県国際交流協会が協働で行う活動
◎申請資格
 神奈川県内に活動拠点があるか、主に県内で活動するNGO
◎申請受付期間
 4月1日(日)~5月31日(木) ※申請のご相談は、4月1日以前も受け付けています。
◎申請募集説明会
 4月8日(日)13:00~15:00 あーすぷらざ1階 研修室A
◎詳細
 http://www.k-i-a.or.jp/news/minsai.html
◎問合せ
 国際協力課(担当:成田)
 Tel:045-896-2964Ad7
  Fax:045-896-2945
  E-mail@minsai@k-i-a.or.jp
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■ 2. 情報フォーラムだより ■
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「情報フォーラム」所蔵資料の一例として、今回は、国語教材を外国児童生徒が理解しやすいようリライトした本と、進学・教科・学校生活に関する教育関連用語を多言語化した資料をご紹介します。これらは「日本語コーナー」「多文化子ども支援コーナー」で閲覧で
き、貸出しもしています。
■「外国人児童・生徒を教えるためのリライト教材~国語教科書対応」ふくろう出版発行、2006年3月 学校現場や地域の学習支援において役立つよう、日本の国語教科書の
本文を分かりやすい表現にリライト(書き換え)し、音読しやすく表記しています。
■お助け!高校進学単語帳 多文化共生センター東京発行、2006年3月 6言語版(英語、中国語、スペイン語、韓国語、タガログ語、タイ語、各言語にルビ付き日本語併記)総合学科」「古典」「取り出し授業」「調査書」「赤点」「三者面談」など、高校の種類や、教科、学校生活、進学、進路に関する教育関連用語161語を多言語化してわかりやすく解説しています。
◎詳細その他更新情報はこちら→
http://www.k-i-a.or.jp/plaza/video/new_video.html
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■ 3.イベント情報  ■
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※イベントの日時・場所などは,変更になる場合もありますので、必ず事前に各団体にご確認ください。
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★ あーすぷらざ情報
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● 募集いろいろ
◇あーすぷらざ展示運営ボランティア募集
http://www.k-i-a.or.jp/plaza/vo.pdf
◇春期英会話講座受講生募集
http://www.k-i-a.or.jp/seminar/english-lesson/top.htm
● イベント情報など
◇-4/8(日)世界の民族楽器展 -越境し、再創造する音楽文化-
http://www.k-i-a.or.jp/news/instrument/
◇3/11(日),17(土)あーすぷらざ リトルアドベンチャー
http://www.k-i-a.or.jp/news/adven09.html
◇3/17(土)「第4回ユース国際ボランティアフォーラム」 あーすぷらざ市民Hodder団体企画支援事業
http://www.k-i-a.or.jp/news/you.html
◇3/18(日)ワールドカルチャー・デイ「モンゴル」
http://www.k-i-a.or.jp/news/world-b/
◇3/28(水)-30(金)春休みプラザこども映画会
http://www.k-i-a.or.jp/news/kodomo.html
◇4/11(水)世界の文化セミナー「ケーナ講座」
http://www.k-i-a.or.jp/news/seminar/kena.html
◇4/17(火)世界の文化セミナー
「カポエラ~ブラジルからきた武闘ダンス~講座」
http://www.k-i-a.or.jp/news/seminar/capoeira.html
◇4/18(水)世界の文化セミナー「太極拳を楽しもう」
http://www.k-i-a.or.jp/news/seminar/taikyoku.html
◇5/9(水),16(水),13(水)世界の文化セミナー「ギリシャ料理講座」
http://www.k-i-a.or.jp/news/g.html
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★ かながわNGO情報Children
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● 募集いろいろ
◇本がアフリカの木に還る!?タンザニア・ポレポレクラブ
http://polepoleclub.ld.infoseek.co.jp/
● イベント情報など
◇3/10(土),17(土),24(土)2006年度ふれあい館成人学級2「外国につながる子どもを支えるために~現状と課題を考える~」
川崎市ふれあい館
http://www.seikyu-sha.com/fureaikan/index.html
◇3/11(日)2007年ふれあいフェスタ
川崎市ふれあい館
http://www.seikyu-sha.com/fureaikan/index.html
◇3/17(土)ボランティア公開研修会 
「外国人と日本人日本社会をつなぐボランティアの役割・心構え」【横浜市青葉区】横浜市青葉国際交流ラウンジ 
http://home.h00.itscom.net/aobalnge/
◇3/21(水)NPO多文化子ども支援ネット 第14回 研修会
ビデオ「潮田中学校国際教室メッセージ06 ~未来」「あなたのとなりの・・・」上映会【横浜市鶴見区】 NPO多文化子ども支援ネット
http://homepage3.nifty.com/tabunka_kodomo_shien/
◇3/23(金)在日ブラジル人児童むけ教材・一般公開直前フォーラム
【東京】東京外国語大学多言語・多文化教育研究センター
http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/g/cemmer/2007/02/post_2.html
◇3/24(土)シンポジウム「難民の定住課題」【東京】
(財)アジア福祉教育財団難民事業本部
http://www.rhq.gr.jp/japanese/index.htm
■ 4.編集後記  ■
先日、友だちから貸していた本が、素敵な柄の手ぬぐいに包まれて戻ってきました。さり気ない心遣い、とても嬉しくなります。思わず私も手ぬぐいを買い、「よーし、これでブックカバーをつくろう」と思い立ったのですが・・まだ作成に至っていません。その割には欲しい手ぬぐいばかりが増えていき・・(例えばこちら↓)
http://www.sloth.gr.jp/goods/others_hachidori_tenugui.htm
さぁ、今日こそ取り掛かってみますか。(ナベ)
■編集・発行
財団法人 神奈川県国際交流協会
E-mail: magazine@k-i-a.or.jp URL: http://www.k-i-a.or.jp
Tel: 045-896-2896  Fax: 045-896-2299

2007年3月 8日 (木)

「富士見橋」に仮設人道橋

 架け替Photo_657え工事中の「富士見橋」(小田原市国府津)が3月9日から昼夜間とも車両の全面通行止めになる。期間は平成20年3月14日までの一年間。車両とともに人も通れなくなるが、近くに「仮人 道橋」が設置され、9日より利用できる。自転車も降りて、押 してPhoto_654なら通れる。国府津を流れる森戸川の改修工事に合わせて、富士見橋(市道4298線)を現在の倍近い延長21.3m、幅8.3mに拡幅するもの。小田原市建設部道路整備課は自治会を通して通行止めを知らせる回覧板をまわして地元住民の協力と交通安全を呼びかけている。施行業者は「亀井工業・西川組特定建設工事共同企業体」(担当:篠原達也氏、現場事務所:℡0465-47-7622)、Photo_656問合先は「小田原市道路整備課」(担当:押田健一氏、℡:0465-33-1543)。

  森戸川下流の国道一号線に架かる「親木橋」周辺も現在、国土交通省が電線共同溝の夜間工事を行っている。また、旧郵便局跡地に分譲住宅建設に伴う排水溝工事で一部歩道が通れないPhoto_658。車道をう回しなければならない。現場は国府津小学校に近く児童の通学路にもなっているため、一層の注意が必要である。

  この親木橋、富士見橋、国府津小学校沿いを走る県道の分離帯と歩道に植えられていた「ハマヒサカキ」が全て伐採された。分離帯のハマヒサカキはパンジーに変わった。歩道のは夾竹桃なPhoto_659どの下に植栽されていたが、現在は地肌が見えたままである。除去について関係者は、近くにある消防署の車の出動に邪魔になり、また、通行車両からの空き缶などの<ポイ捨て場>になっているためという。Photo_660ハマヒサカキの背丈は高くはないが、それでも消防車や救急車にすれば見通しの妨げになっているらしい。

  役所絡みの工事は、年度末の<駆け込み工事>とも思えなくもない。この時期に、それほどの工事が集中して行われるからだ。そんな中で、一体どうなっているのだ---と気にかかっているのが「国道一号線の電線地中化工事」。予定の半分を終えただけで、その後の動きがない。とにかく、わが町・国府津は、当分の間は、工事、工事で足元のおぼつかない毎日である。

2007年3月 7日 (水)

「還付」から「納税」へ

  平成18年分の所得税の確定申告を3月6日に済ませた。私は申告書に、源泉徴収書、社会保険料控除などをそろえて(社)小田原青色申告会(小田原市)に持参して、そこで手続き全てをやってもらっている。私の収入のほとんどは年金。毎年、5~6万円の還付がある。今回もそのつもりで足を運んだら、逆に「1万1600円」の納税が必要と言われ た。18年の「所得金額」は17年より42万4000円の減。逆に、各種控除をした後の「課税所得額」は17年よりPhoto_6525万8000円増えた。そして、17年には5万7250円(16年は6万4066円)ほどあった還付金はゼロどころか、上記の1万1600円を新たに納めなければならなくなった。これまで扶養控除の対象であった父親が亡くなったことにもよるが、それでも、幾らかは還付されるのではないか、と甘く考えていた。この話を知人にすると、「ウチは毎年6~7万円納めている」との返事だった。私と同じ年金生活者で、収入も家族構成もそれほど変わらないのに、何故、こうも違うのだろうか---。

  小田原税務署などに聞いてみたが、一般論では答えられないというPhoto_653。個々のケースごとに源泉徴収額などが違うであろうし、もっともな答えである。私と同じような年金生活者は、確定申告で大概「還付」されるものと思っていた。それだけに、今後は「出」(支出・確定申告による納税等)が予想され、このことをしっかりと考えなければならないな---と、遅ればせながら意識した。元商店経営者の友人は、「年金は(月々)6~7万円。孫に何かを買ってやっている---」と、年金が<小遣い>感覚の者はいざ知らず、私にとっては生活費。月に20 数万円。収入の道は、基本的にはこれしかない。聞くところによると、ある年金生活者が<事業>に手を出して失敗し、借金を年金で支払っていたが追いつかず、自ら命を絶ったという。決して他人事ではない。

  小田原青色申告会の会場で、順番待ちの私はピンクの札を渡された。不動産や株の収入、医療費控除などがない、まさに<単純収入者>を対象にした札である。だから、事務処理も早い。係員を前に、私は自らの平成16年分、平成17年分の所得税の確定申告書(控)を並べて、改めて、しげしげと眺めた。年金支給額や定率減税額の年々の減少、逆に、増える課税所得金額---。これらの所得は住民税や社会保険料にはねかえってくる。持ち家で住宅ローンはない。今のところ、これっといった大病をしていない。子供の養育・教育費はかからない---。お陰様で、これまで世間並みのごく普通の生活をしてきている。しかし、これからは、そうは行かないのではないか。そんなことを考えさせられた、今年の確定申告であった。   

2007年3月 6日 (火)

♪丘にのぼれば--「地方整理」

    昭和38年(1963年)に読売新聞社に入社した7人が集まり、「地方整理時代」にお世話になった、現在81歳の先輩を囲んで、3月4日午後、東京・銀座の豆腐料理店でひと時を過した。長い人は10数年ぶりの顔合わせだが、皆、Photo_651 ほとんど変わらない。病気の話は定番であるが、そんな中で<仕事>(アルバイトも)を続けているのがほとんど。外報部(現・国際部)の体験から大学で語学を教えていたり、文章つくりの指導など、やはり書く仕事絡みが多い。先輩は悠々自適の生活で、今も<寮歌祭>で蛮声を張り上げているというから、驚きだ。タイトルの「♪丘にのぼれば--」は、「知床旅情」の一節。仕事の後に銀座で、といっても有楽町のガード下や屋台ではあるが、飲めば、歌の文句ではないが、♪飲んで騒いで---必ず皆で高唱したものである。昭和41年~43年頃の話だ。

 ところで、地方整理とは何ぞや ? ---紙面つくりの仕事である。記事に見出しをつけて、どの記事をどのくらいの大きさで扱うか、写真やカットを使うかどうするか等々のレイアウトをすること。 新聞社内では一般的にこの仕事を「整理」と呼ぶ。その中で、都内版や県版、つまり地域版の紙面つくりをするのが「地方整理」。 読売新聞社の場合、現在、「整理」から「編集局編成センター・県版」に呼称が変わった。新聞社に入社すると、大概は先ず地方の支局に配属され、そこで2年~3年、記者のイロハを覚えた後に地方整理へ。記事の送り手から受けてにまわって、活字の大きさから、一ページに原稿をどのようにして納めるかの紙面つくりを学ぶ。そこから、社会、政治、経済部等の取材部に行く。整理記者は、記事の最初の読者でもある。整理を体験すると、記事を書くにも大変Photo_648役立つ。

  豆腐料理とは言え、銀座で<昼食>は久しぶり。時間までに2軒の店に顔を出した。一軒はあの「不二家」のレストラン。「ペコちゃん」に会うのが目的だったが、今は姿を消しており、1階のシャターには「お詫び」の掲示があるだけ。レストランは2階で、私はコーPhoto_649ヒーを頼んだ。たまたまではあるのか、昼食時なのに店内は閑散としていた。「お詫び」の掲示とあわせて、何とも寂しい限りだった。

  もう一軒は、銀座通りに面した「ポーラミュージアムアネックス」。Photo_650浮世絵の「歌川広重『東海道五十三次』復刻完成記念展」(3月1日~14日)拝観のため。書店の「丸善」へ行く途中に偶然目にして入った。前日3日のNHK教育テレビの「日曜美術館」で復刻が放送されたこともあってか、会場はにぎわっていた。彫師、刷師の実演もあった。私は「小田原」(酒匂川・10図)と「箱根」(湖水図・11図)を、テレビでの解説を思い浮かべながら、じっくりと眺めた。

  同期会の会場は「梅の花」銀座並木通店。私達が地方整理時代を過した読売新聞の旧社屋(現・プランタン銀座)にほど近い。午後1時半からの予約で、私は30分ほど早めに着いた。女性客が多い。会場を選んだ幹事は、奥さんに誘われて「梅の花」を知ったという。この日は、突風と雨が予想されており、雨傘を持参した。周辺はビルの改修工事が目立つ。足元を注意しなければならなかったが、旧社屋界隈を歩くと、道路に並ぶ新聞輸送の車と、あのインクのにおいを脳裏に浮かんできた。 

2007年3月 5日 (月)

地球環境映像祭

Photo_646  もう15周年を迎えるのか。アジアで初めての「地球環境」をテーマにしたEARTH VISION地球環境映像祭。私の友人達が絡む(財)「地球・人間環境フォーラム」の主催で1992年以来、世界の優れた環境映像を紹介している。今年は3月9日(金)~11日(日)まで東京で開催される。年に一度の国際映像祭のほかに、毎月、定期上映イベントも開催している。入賞作品の上映後には、監督との質疑応答があるなど、興味深い映像祭である。以下にスケジュールを紹介する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
       EARTH VISION 第15回地球環境映像祭
EARTH VISION The 15th Tokyo Global Environmental Film Festival
    3月9日(金)―11日(日)@新宿・四谷区民ホール
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2007年
3月9日(金)14:00~17:30
3月10日(土)10:00~20:30
3月11日(日)10:00~19:00
*11日(日)の終了時刻は、アース・ビジョン大賞受賞作品により異なります。最長21:00まで。
会場:四谷区民ホール(東京都新宿区内藤町87番地 四谷区民センター9階)
参加:協力費1日1,000円 中学生以下無料・事前予約不要 3日間通し協力費(カタログ付き)一般2,000円 学生1,500円 

【問い合わせ先】アース・ビジョン組織委員会【事務局】TEL : 03-5362-0525 FAX:03-5362-0575  E-MAIL:festival@earth-vision.jp
【本部】(財)地球・人間環境フォーラム TEL : 03-3592-9735 http://www.earth-vision.jp
★の作品の上映後には、監督あいさつ及び質疑応答があります。
★の作品及び監督あいさつ、質疑応答は、日本語・英語でご覧いただけます。

子どものための環境映像プログラム、特別プログラムは、日本語のみとなります。
----------◆  3月9日(金) ◆-----------
14:00
気候大異変ー環境の崩壊が止まらない★(日本/監督:藤川 正浩/52分)地球温暖化の脅威を、国際的研究機関の最新データを駆使して展開。その恐怖のシミュレーション。
15:15
ビッグ・ブルー★(オーストラリア/監督:ジェニファー・クレバーズ/50分)地球上最大の生物シロナガスクジラの生態を初めてとらえた映像記録。美しく雄大な海の叙事詩。
16:30
死の季節よ、さらば★(フィリピン/監督:ボイェッテ・リンバン/33分)フィリピン・ネグロス島、かつてサトウキビ農園で、世界経済に翻弄される悲哀の歴史を歩んだ人々。彼らは今、有機バナナのフェアトレードなどの国際的支援のもと、農民としての自立と自然との共生を取り戻す。
----------◆  3月10日(土) ◆-----------
  10:00
【子どものための環境映像ブログラム】雪渡り(日本/監督:こぐま あつこ/14分)雪深い北国の森の中、四郎とかん子兄妹は、キツネの紺三郎と出会い、幻燈会に招待される。キツネにまつわる様々な噂に惑いながらも、2人は幻燈会に出かける。

らっぱ(インド/監督:P. シェーシャードリー/108分)路地裏で楽しく遊ぶ子どもたち。しかし、ある日、遊び場は奪われてしまう。遊び場を求めて子どもたちは奮闘する。
13:00
古民家のつぶやきー建築家ムラさんの家づくり★(日本/監督:宮川 直子/25分)古い民家を解体し、その木材を利用して、建て替える仕事を始めた建築家ムラさん。そこに凝縮された驚くべき伝統技術と自然との共生の知恵を見い出す。
13:40
石おじさんの蓮池★(台湾/監督:ワン・チンリン、チュ・シャオチェン/24分)台北の郊外、蓮の花を栽培する石おじさんは、どうしても農薬を諦められない。蓮池に生息する稀少なカエルを絶滅から救うため、動物学者たちの説得は続く。
14:45
危険なオレンジ★(タイ/監督:ティーナー・アムリト・ギル/28分)人体に危険性がある農薬が使用されていたタイ北部の果樹園。農薬を奨励する政府の方針に抗って、農薬散布をやめ、安全な野菜を作ろうと農民たちが立ち上がる。
15:30
生命の干潟★(韓国/監督:イ・ミンス/50分)干潟は渡り鳥の貴重な休憩地。しかし、各地で次々と埋め立てられ、ミヤコドリの営巣地の干潟でも工業団地のため、埋め立て計画が進んでいる。干潟と漁民、生きものたちの生活を克明に追った。
16:55
断罪の核心ー元裁判長が語る水俣病事件★(日本/監督:本田 裕茂/48分)水俣病の行政責任を初めて認めた1987年の熊本地裁判決。当時の相良裁判長がいま、その真情を語る。
18:10
プージェー★(日本/監督:山田 和也/110分)探検家 関野吉晴は、モンゴル草原で荒馬を操る少女プージェーに出会う。豊かで過酷な自然の中、遊牧民の少女と家族が織りなす生活。
----------◆  3月11日(日) ◆-----------
10:00
【子どものための環境映像ブログラム】ABU未来への航海-アジアの10代 熱帯雨林の旅
(日本/監督:渡辺 利明、佐藤 知樹/44分)アジア6カ国から集まった23人の子どもたちは、マレーシア・ボルネオ島の熱帯雨林で開発と自然保護について学びながら、交流を深めていく。

おとなりさんとわたし(ベルギー/監督:ルイーズマリー・コロン/8分)エコロジカルなアリと、無頓着なセミはお隣さん。ある寒い朝、セミの家は水も電気も止まってしまい……。

グランド・ゼロー聖なる大地(アメリカ/監督:カレン・アクア/9分)米国南西部、アメリカ先住民の古代の岩絵は、世界初の原爆実験場からわずか35マイルにある。自然を敬い、共に生きる文化と、力で自然をねじ伏せようとする文化の対比を象徴的に描く。

地球は虫の惑星だー昆虫写真家・海野和男の映像世界(日本/監督:春原 晴久/47分)幼いころ虫になりたかった、という写真家・海野和男さん。手製のカメラを駆使して、
昆虫を追いかけ、世界各地を駆けめぐる。
13:00
イノセンス★(タイ/監督:アーリーヤー・チュムサーイー、ニサ・コンシリー/100分)
タイ北部山岳民族の子どもたちが寄宿学校に入学した。新しい文化との出会い、食べるものを自ら収穫し、調理する生活。子どもと教師たちの軌跡。
16:15
特別プログラム 「ホワイト・プラネット」
(フランス・カナダ /監督:ティエリー・ラゴベール、ティエリー・ピアンタニダ/83分)地球の果てに白く輝く星、北極。この氷の世界は、地球温暖化によって失われつつある。長い極寒の冬から光あふれる短い夏まで、生きものたちが繰り広げる厳しく過酷な生命のスペクタクル。
18:00  表彰式 アース・ビジョン大賞作品上映/交流会
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スケジュール、内容は変更することがございます。
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【主催】アース・ビジョン組織委員会(本部:(財)地球・人間環境フォーラム)
【共催】新宿区 NPO法人新宿環境活動ネット
【助成】文化庁国内映画祭支援 独立行政法人国際交流基金
【特別協賛】東京ガス株式会社
【協賛】小学館 清水建設株式会社 三菱重工業株式会社 株式会社乃村工藝社 
小田急電鉄株式会社 ソニーPCL株式会社 株式会社東京印書館 日本シーゲイト株式会社 株式会社ヨコタ東北 株式会社アーバン・コミュニケーション            

【後援】環境省 外務省 経済産業省 東京都 東京商工会議所 (社)日本青年会議所 日本放送協会 (社)日本民間放送連盟 (社)日本ガス協会 
【協力】エコムーブ・インターナショナル(ドイツ・フライブルク) 
TVEインターナショナル(イギリス・ロンドン) 新都心新宿PR委員会 日本環境ジャーナリストの会 (財)日本レクリエーション協会 (財)日本野鳥の会 (財)日本自然保護協会 (財)世界自然保護基金ジャパン (社)日本環境教育フォーラム (財)日本環境財団 全国青年環境連盟(エコ・リーグ) (社)日本イベント産業振興協会 (社)映像文化製作者連盟 (社)全日本テレビ番組製作社連盟 (社)全日本シーエム放送連盟 (社)日本テレビコマーシャル制作社連盟 (社)日本映画テレビ技術協会 (社)日本映画製作者連盟 (財)日本科学技術振興財団 日本サウンドスケープ協会 環境テレビトラスト日本委員会 

2007年3月 4日 (日)

ネパールはどこへ?

Photo_643   6月に予定されている制憲議会選挙が実施されるかどうか。新憲法を制定するための国会議員を選ぶ選挙で、これが先ず第一の関門である。この制憲議会(定数425)が発足すれば、初会合で国王の処遇が決まる。国王は昨年4月の民主化運動を経て国政に関与する権限を剥奪されており、今後注目されるのは「立憲君主制」存続の可否。新議会の過半数により決まるという。現在、ネパールは、主要7政党による政府と、王制などに反対するマオイスト(毛沢東主義武装勢力)が<包括的和平>を結び、昨年12月までに暫定政府を発足させることに合意した。これに呼応して国連は今年1月に<ネパール政治ミッション(UNMIN)>を採択した。暫定政府の発足は延び延びになっているが、既にUNMINの軍事監視部門(構成員186人)の先遣隊がネパール入りしている。日本政府は、選挙のための投票箱約6万個を供与することにし4月までに調達する。また、国連は軍事監視団の一員として日本政府に自衛隊の派遣を要請している---。Photo_644

  「現在 のネパール情勢」と題した講演会が3月3日、東京で開かれた。(社)日本ネパール協会(伊藤忠一会長)主催で、講師は外務省西南アジア課の花澤光樹氏と海外在住ネパール人協会理事のジギャン・クマール・タパ氏。暫定政府の発足、制憲議会選挙のための最大の課題は、マオイストが所持している武器(3200~3500丁)と兵士(3万~3万2000人)の管理。武器等は国内7か所の兵舎に収用して鍵はマオイストが管理し、これを国連が監視することになっている。日本政府は、武器等の実効的・効果的管理を最重要視している。暫定政府が発足すればマオイストの入閣もある。しかし、武器を持ったままのマオイストの政権入りは不自然で問題があるからだ。花澤氏は、政治体制は? 元首は?と、ネパールの現状を問われることが多いらしいが、正直、「不明・分からない」と答えているのが実情、と話していた。

 ネパールが抱えている課題は多い。駐日ネパール大使はいまだにPhoto_645空席である。海外在住のネパール人は約140万人(インド在住者は除く)。インターネットでネパール国内の動きをつかむのも早い。制憲議会選挙に海外在住者の投票を要求したが、今回は認められなかった、とタパ氏は話していた。ネパール国内の学生に目を転じれば、<ストライキ>が多すぎて、単位取得に支障をきたし、どの学生も一年間進級できない状況だという。つまり、全員が留年ということらしい。---上記の制憲議会選挙であるが、6月実施は技術的にムリではないかと、悲観的見方もある。6月を逃すと、季節的に10月にズレ込む。ネパールは、人為的混迷とともに、自然までが混迷に拍車をかけているみたいである---。

2007年3月 3日 (土)

常念寺に 銅板盗っと

Photo_635   本堂などの建て替え工事中の小田原市国府津5丁目にある「常念寺」(村瀬秀紀住職)の工事現場から、屋根葺(ふ)き用の銅板80枚が盗まれた。3月1日付け各新聞の地域版が一斉に報道していた。報道によると、銅板は幅16㎝、長さ170㎝、厚さ0.35㎜、重さ1.8㎏。単位はいずれも「約」である。被害総額は16万6000円相当という。常念寺は1月に着工し11月に完成の予定。屋根の銅板は総数約1400枚で、既に三分の一ほど葺き終えており、盗まれたのはこれから張るもので足場に置いてあった。板金業者の話によるPhoto_636と、2月27日夜~28日未明にかけて盗まれたらしい。小田原市内では2月13日に辻村植物公園の市営トイレの銅板屋根がはがされる事件があったばかりだ。

  同じ紙面には「(神奈川県)厚木市内の市道のステンレス製車止め22本の盗難記事が並んで掲載されていた。半鐘、電線などの<金属盗難事件Photo_637>が昨今紙上をにぎわしており、銅板盗難は必ずしも珍しい事件でもない。私が常念寺の記事を再掲するのは、ここ数年、「五輪塔」の調査で常念寺をよく訪れ、村瀬住職にお世話になっているからである。「瀧澤山法性院常念寺」(ろうたくさん・ほうしょういん・じょうねんじ)が正式名称の浄土宗の寺院。歴史は遡り、合戦に敗れて当地に敗走した、織田家の家臣・滝川一益(たきがわ・かずます)を供養している。慶長6年(1611年)の創建で、「滝澤」(たきざわ)家は「滝川」を改名した子孫。五輪塔は滝澤家の墓所に建っている。

  常念寺はJR東海道線「国府津駅」の北側にあり、周辺は新興住宅地。狭い道路が入り組んでおり、住民をのぞけば国府津山を散策する人以外、ふだんは訪れる人がいない場所である。明治時代、常念寺周辺は別荘地だった。別荘造成中に古墳が発掘され、<埋蔵品> が警察経由で別荘主から「近くのお寺に寄託された」という文書が残っている。この「近くのお寺」が常念寺ではないかと、村瀬住職らに調べてもらったが分からない。村瀬住職が常念寺に入ったのは先代からという、住職交代も影響している。ただ、もしかしたら「本堂下」などに埋まっていないかという期待で、私達は今回の建て替え工事を注目していた。そんな矢先の銅板盗難事件だった。銅版には新装寺院への祈願を込めた寄付者の名前が書かれているが、盗まれた銅板に名前が記されたものはなかったという。

  ところで、盗みなどの事件も、よほどのことがない限り報道されない。その一つが、国府津の国道一号線(東海道)沿いの商店を狙った窃盗事件。手600口は「サムターン回し」。ドアの隙間、ドアと一体の郵便受け、あるいは錠の周囲に穴を開けて手を入れて内側からツマミを回して開錠する手口。英語で「親指(thumb=サム)で回す(turn=ターン)錠」ということから付いた名前。2月6日夜~7日未明に起きた。1階の店から売上金が盗まれたらしい。店の2階に人がいたが、全然気付かなかったという。被害額は聞いていない。ドアが木製で、錠の周囲を修理しているところを私は通りかかり、話をまた聞きした。同じ日に、国府津隣の小八幡地区でも同じような2件の被害が遭ったという。また、常念寺近くの住宅街での空き巣被害も伝えられている。

  情報過多の時代と言われながら、この種の事件は、発生場所がごく近所であるか、新聞に載らなければ地域の人達もあまり分からない。事実、「サムターン回し」事件は、道路反対側の人達には伝わっていない。常念寺の事件が報じられた3月1日正午に、小田原市暮らし安全課が「安心・安全メール」を使って<相次ぐ銅板盗難>の警察情報を流して注意を喚起していた。しかし、新聞報道の後追いではなく、警察はもっとこまめに事件発生を伝えて、市民からの情報をどんどん求めるようにすべきである。

2007年3月 2日 (金)

「国府津」 ローマ字書きは?

Photo_617   「KOZU」か「KOUZU」か、それとも他に---? JR東海道本線「国府津駅」前の国道一号線(東海道)交差点の信号には、この2つの「ローマ字」が書かれた標識が並んでいる。毎日交差点を渡っている地元住民は標識を気にもしない。 いや、標識のローマ字を見たこと読んだこ ともない人がほとんどだ。私は記Photo_618事や原稿を書くときに、手元に国語の辞書類とともに、「読売スタイルブック」(2005年版)と「朝日新聞の用語の手引」(2005/2006年版)を置いている。その朝日の手引の「難読駅名」神奈川県の項目(532ページ)の最初に「国府津(こうづ)東海道線」と載っている。今年に入ってから漢字の「字体」がいろいろと話題になっている。朝日新聞のいわゆる「朝日字体」の一部Kozu変更(例:鴎→鷗)、新登場のパソコン基本ソフト「Windows Vista」の搭載文字から「葛」の字が無くなり「奈良県葛城(かつらぎ)市」が戸惑っているというニュースも報じられている。その他、敬語の問題などがあり、今後、このブログで逐次、「国語問題」を取り上げて行くつもりだ。

 さて、「国府津」。読み方は「こうづ」である。この表記は小田原市の「町おKouzu_1よび大字小字名一覧表」(昭和50年作成)にまとめられ、固定資産課税台帳にも載っている。名前の表記と読み方は、明治時代からの慣習と地元民の意見、登記所で認められることなどを勘案し、橘地区の合併(昭和41年)までの幾つかの変遷を経て決められた。表記は「漢字」と「ひらがな」だけで、ローマ字やカタカナは明記されていない。私は数年前に「小田原まちづくり応援団」(略称=まちえん)に集Photo_619まった50人を対象に、「国府津」のひらがな、ローマ字表記等について調べた。ひらがなは「こうづ」が多数を占めたが、ローマ字は、小田原および近隣在住者と東京など小田原市外の住民 と二つに分かれた。地元民は圧倒的に「KŌZU 」で、東京などに住んでいる人々はほとんど「KOUZU」だった。他に、「KOHZU」「KOUDU」等があったが少なかった。地元に「KŌZU 」が多いのは、JRPhoto_620東海道線「国府津駅」の表示が、昔から、そして今も「KŌZU 」であるからだ。私も長い間この表記を使っていた。

  ローマ字表記には、「ヘボン式」「日本式」「内閣訓令式新表」がある。その上で、「外務省ヘボン式」「道路標識ヘボン式」「駅名票ヘボン式」の各ローマ字が使われている。ヘボン式はいずれも「マクロン」と呼ばれる長音(「-」)を表記しない。その代わりに、平成12年4月1日から、旅券について、氏名に「オウ」または「オオ」の長音が含まれる場合は、希望によって「O」か「OH」のいずれかを選択できるようになった。例えば、「斎藤」の場合「SAITOH」のように---。道路、駅名も長音は表記しないが、駅名は「KŌZU 」のように、同一の鉄道事業者内であっても複数の表記を混在して使用しているところもある。バスの行き先表示も「国府津行」の漢字と並んで「KŌZU 」の併用が目立つ。

  冒頭の国府津駅前のローマ字表記。「KOZU」と「KOUZU」。ともに「Ō」の長音を使用していない。その意味では道路標識の<規則>に添っている。そこで、「国府津」のローマ字表記はどちらがよいか。私は、ひらがなの「こうづ」に合わせて、「KOUZU」を使うようにしている。そうお勧めしたいが、皆さんはいかがか。町を歩いている時に、地名のローマ字表記を注意して見てもらいたい。思わぬ発見があるかもしれない---。

2007年3月 1日 (木)

東京 <走馬観花>

Photo_633   走る馬に乗って花を見る ---走馬観花(zou ma guan hua=ゾォウ・マ・カン・ホア)---ソウマカンカ・日本語で言えば<駆け足旅行>か。おだわらシルバー大学の仲間3人に誘Photo_634われて2月28日、東京へ日帰りバス旅行をした。「皇居東御苑」→「江戸東京博物館」→「浅草」→「湯島天神」。読売旅行主催のコース名<特別展「江戸城」と湯島天神梅まつり>。昼食弁当付きで、金5000円也。バスは定員いっぱいの45人。朝7時20分の乗車から午後6時の降車まで、時々、強風にあおられたが、晴天に恵まれた穏やかな一日だった。

 「皇居東御苑」---。松に石垣、手入れの行き届いた本丸大芝生。雑木Photo_623林超しにみる大手町・丸の内のビル群。先ほどまでの車の喧騒(けんそう)がウソみたいな静寂に包まれた暫しの散策を楽しんだ。東御苑には大手門、平川門、北詰橋門の3か所から出入りできるが、私達は大手門から入園(入園料無料)した。私はお濠を取り巻く内堀通りをよく通り、大手門を見慣れているが、中に入ったのは初めてだった。例の「忠臣蔵」に通じる<松の廊下事件>があったとされる「松之大廊下跡」の石標が植え込みの中に建っていた。Photo_625

 「江戸東京博物館」---。太田道灌が江戸城を築城して今年が550年目。これを記念する特別展「江戸城」を開催中(1月2日~3月4日)。私達と 同じバスによる団体客で会場内は人ひとヒト。それも、ほとんどが中高年。展示物は人込みに隠れて、残念ながら十分に観れなかった。しかし、お目当ての「早川石丁場群出土Photo_624 石材」など小田原とその周辺の石丁場の資料はゆっくりと拝観できた。江戸城には小田原・伊豆方面の石材が多く使われている。私達は今、豊臣秀吉の陣所として著名な「石垣山城」を調査中で、展示中の石材が石垣山城北側の石丁場から発掘されたものではないかといわれており、これを観るだけでも価値があった。図録Photo_626を買って特別展会場は早めに引き揚げた。

 「浅草」---。 浅草寺(せんそうじ)に詣でる前に3人を数か所ほど案内した。浅草寺(あさくさ)神社にある一対の大狛犬。浪曲など大衆芸能の「木馬亭」、中国から引き揚げた漫画家が中心に建立した「母子像」。敗戦後、旧満州から日本に帰る途中に亡くなった20万人ともいわれる<犠牲者>の霊を慰める碑Photo_627でもある。仲見世の賑わいとは対照的な雰囲気の場である。浅草寺を訪れる時、私は必ずここにお参りする。風が強くなってきたため、近くの土産店に入った。「生おこし」が目についた。「おこPhoto_628し」に生があるのは初耳で一箱を土産にした。

 「湯島天神」---。白梅が300本。暖冬の影響で盛りは過ぎていた。驚いたのは絵馬の数々。大学、高校受験生の必死の願いが、境内のあちらこちらに山になっていた。絵馬を掲げた受験生の結果はわからないが、案内所では「合格御礼」のお札の奉Photo_630納を盛んに呼びかけていた。境内の一角に人の輪が出来ていた。猿回しだった。とぼけた?サルの仕種に見物人から何回も笑声が起こる。それを傍らに私達は甘酒を頼んだ。天神前の通りには、観光バスが並んでいた。Photo_632

  読売旅行のバスは、午前7時に「小田原駅西口(新幹Photo_629線口)広場」を出発、「国府津・横浜銀行国府津支店前」(7:20 私はここで乗車)、「二宮・塩海橋バス亭前」(7:40)、「平塚駅北口NTT前」(8:00)、「本厚木駅南口りそな銀行前」」(8:40)でそれぞれ客を乗せて東京へ向かった。帰路はこの逆の順で客を降ろす。私がバス待ちをしている間に何台かの観光バスが停まった。聞けば、房総半島へ行くとか。3人の女性が乗車した。お客を乗せる場所はどこの観光バスも同じらしい。今回一緒のバス仲間は、夫婦連れ、女性グループばかりで、男性グループは私達4人だけだった。皆さんは常連客らしい。ちょっと忙(せわ)しいが、たまには日帰りバス旅行もいいもんだ、と思った---。 

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